大持山

a0008664_204751.jpg
 2004年5月27日大持山で見かけた山つつじ。周囲の緑がすっかり濃くなった稜線に色鮮やかに咲いていました。

 山頂から鳥首峠側に少し下った分岐の付近は、最近伐採がはいり展望が良くなっています。
[PR]
# by atranta | 2004-06-07 11:03 | 奥武蔵

新緑の大持山稜線

a0008664_10418.jpg
 2004年5月27 この日は川越出発が9時と遅かったので、名郷の先、山中部落の林道の終点まで車で乗りつける。今日のパーテーは先輩のY氏、現役からT、S、Yと私の合わせて5人。今回幹事役のMさんは体調が悪いとの事で不参加となりました。とっても残念です。
 11時、身支度を整え出発。ほの暗い横倉林道を登り、一汗で登山口につく。ここからは沢添いの道となり、周囲はミズナラの新緑が美しい。足元には、ハシリドコロが紫の小花をつけている。トリカブトも多く見られる。いずれも名の知れた毒草である。このあたりから道は山腹の急登となり、このコース中一番きつい所になる。右手前方にコバイケイソウの小群落を見るが、花はまだつぼみでどれも咲いてはいない。つぼみのふくらみ具合から見ると、後1週間ほどで咲きそろうと思われる。
 ウノタワはいつきても静かなよいところ。ここで昼食をとる。鳥の鳴き声を聞きながら、緑に抱かれてのおにぎりは美味しい。体が冷えるので早々に出発する。横倉山の頂上付近に山つつじの満開木に出会う。深い緑の中にオレンジが鮮やかだ。皆が写真を撮る。
 大持山山頂は西面が広く刈り払われてあり、天気がよければ展望が良いのだが今日は今ひとつといったところ、あまり良くない。記念撮影後下山に向かう。
下り始めてまもなく、単独行者と二人ずれパーティの登山者に行き交う。急なくだりで、Sさんが足が少し痛いと訴え出すころ妻坂峠につく。ここにはいつの昔からあるのか石仏が一体置かれ、静けさの中、まことに峠にふさわしい雰囲気を出している。
 峠から車まではあとわずかの道のり。沢水でそうめんを作り、Yさんが採った山三つ葉を薬味に食べる。皆すごい食欲である。
 さわらびの湯は平日のためすいていて、静かに湯に入れた。
[PR]
# by atranta | 2004-05-27 22:13 | 奥武蔵

鹿の楽園 2

a0008664_171929.jpg新緑が眩しい鹿の楽園
[PR]
# by atranta | 2004-05-09 17:20 | 奥秩父

仙波尾根 鹿の楽園を行く

a0008664_171042.jpg ブナ、ミズナラを主に広葉樹の原生林。鹿の楽園、そこは尾根の中のそれは広い広カールの底のようなところで、まさに楽園と言うにふさわしい場所です。足元には永い年月で堆積した落ち葉が天然のクッションになっています。そういえば以前、雄鹿の角がこの森に落ちていたという話を聞いたことがありました。また熊の爪あとが大きな木の幹についていたのも見ました。
 
 奥秩父、荒川の大きな支流のひとつ、大洞川は二瀬ダム上流でいくつかの谷を白岩山西面から合わせ、その上流にて雲取山北西面を源流とする荒沢谷を合し、その先に左岸から仁田小屋沢、松葉沢を見ると、流れはほぼ二分し、右は惣小屋谷となり和名倉山へと突き上げ、左俣は深いV字谷となり井戸沢と名を変えその源流をそれぞれ黒木原生林の東仙波、将監峠に発しています。
 この惣小屋谷と井戸沢に挟まれた、大きな尾根が仙波尾根で、和名倉山(2036.0m)南方の東仙波(2003.1m)まで続いています。この尾根にはその昔、昭和40年代始めのころまではしっかりとした登山道があったようですが、大きな山火事がありその後は道が消えてしまったようです。
 
[PR]
# by atranta | 2004-05-09 17:02 | 奥秩父

カタクリ

a0008664_21278.jpg 朝陽がちょうど山の斜面沿いに入り、カタクリの花を浮かびあがらせました。ここ奥武蔵、棒の嶺白谷沢ルートでその数は、わずか程度しか見られません。
 
 奥武蔵連嶺のある個所?には、まだ大群落を保ち続けているところもあります。その昔は片栗粉を作るため採取され、最近では野草ブームとかで 心無い人に盗掘されてこの花はとても数が少なくなって きたようです。
[PR]
# by atranta | 2004-04-17 21:38 |

白谷沢出合

a0008664_17265.jpgはるか遠い昔、ここ有間ダムができる以前の白谷沢出合を湖畔に立ち想い起こしてして見ました。
私が最初に有間谷に来たのは高校一年生の確か6月です。それは今日をさかのぼること40年ほど前の事です。高校山岳部の夏合宿に備えてのボッカ訓練がこの白谷沢
~棒の嶺~日向沢の頭の縦走コースでありました。ここ白谷沢までの交通ですが、なんと自転車に乗って高校から来たのです。
 当時も東飯能駅からバス路線は有りましたが、私たちの高校山岳部は伝統的に自転車を使いました。これは、体力強化を図る、という事も有りましたがどうも経済的な
理由のほうが大きかったような気がします。自転車の荷台に大型キスリングザックを縛り付けさらにその上に大きなヤカン、大鍋をくくりつけた様は、沿道の人達に奇異に見られたものでした。10人程の車列は梅雨の晴れ間の蒸し暑い道をほこりまみれになり
進みました。飯能の町を過ぎ名栗川の川辺になると道は舗装ではなく砂利道の悪路が延々と続くのでした。タイヤがパンクした事も有りました。この自転車による山行きは山岳部顧問のT先生の指導でした。
 川俣橋(現在もある)を渡り右手上にある○○寺に自転車を預かっていただいたのでした。
さて、当時の白谷沢の出合は、有間川の右岸に林道が走り、この林道に平行して30メートルほどの沢までで行き止まりの林道がありました。この行き止まりのところ沢の脇が良いテントサイトであり、合宿では、ここにわさび色の家型テントを3張り、キャンプしました。当時の白谷沢はとてもきれいな沢で、沢登りの入門コースとしてガイドブックに紹介されていました。淵には、ヤマメの姿も多く見る事ができたのを覚えています。
 
白谷沢の出合は、ちょうどこの写真の中央湖面の底あたりが出合の部分かと思います。
[PR]
# by atranta | 2004-04-17 21:16 | 奥武蔵

白谷沢牢門

a0008664_205420.jpg棒の嶺への登山コースのひとつである白谷沢コースの核心部、両岸が迫りゴルジェとなっており、牢門と言われているところです。この奥には天狗の滝、白孔雀の滝がかかっています。近年、沢の源頭部に林道が開通しているのには驚かされました。


 40年ほど前に、わらじをはき、沢登りの入門コースと言われた、この沢を遡行したこを思い起こします。もちろん、今のように滝には、巻き道や手すり付きの階段なく、谷筋の伐採も入っていない、とてもきれいな谷でした。近くで深山幽谷の感仁浸ることができました。
[PR]
# by atranta | 2004-04-17 20:55 | 奥武蔵

北アルプス裏銀座コース

a0008664_101725.jpg北アルプス裏銀座コース、水晶岳付近からの赤牛岳。
39年前の夏、高校山岳部の夏の合宿初めての北アルプス行きでした。
新宿から23:55発の国鉄(現在JR)中央線に乗り翌朝早く松本着。島々行きの気動車に乗り込むとき(乗ると入っても窓がから大きなキスリングザックといっしょの入った)の混雑はものすごく、列車の窓ガラスが破れたことがありました。
 それほどまでに、当時の登山人口は多かったものです。新宿駅では週末夜9:00ごろから各ホームに大きなザックを並べ意気揚揚としている山男たちでごった返しており、駅では多くの乗客を整理するため、それぞれの列車ごとの乗客にワッペンを配っていました。
[PR]
# by atranta | 2004-03-25 10:18 | 北アルプス

吉野梅郷

a0008664_211431.jpg
2004年3月15日暖かな陽気に中、青梅の吉野梅郷に行きました。もう遅いと思っていたら、今が満開。桃源郷を連想させられました。
[PR]
# by atranta | 2004-03-15 21:30 |

日本一小さい山小屋

a0008664_222714.jpg北アルプス水晶岳にて。(1999年9月17日)。昨晩宿泊した水晶小屋は山小屋の中では北アルプス中最も小さい山小屋です。この日は、烏帽子岳から悪天の中を縦走、吹き降りで深いガスの中に小屋の輪郭が浮かび見えたときは、命が救われた思いでした。
 
[PR]
# by atranta | 2004-03-11 21:29 | 北アルプス